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大久保醸造での高橋邦弘さんの蕎麦会

ものづくりの哲学。大久保さんと翁達磨の高橋さん

ものづくりの哲学。そんな言葉を思い浮かべると、長野県・大久保醸造の大久保さんの姿が浮かびます。「おれはね、高価なものを食べたいわけじゃないんだよ。そのもの“ずばり”を食べたいんだ」。大久保さんがよく口にする言葉です。たとえば旬の素材だったり、それ自体をとことん追求したようなもの。本質をまっすぐに捉えた“そのもの”を求めているのです。

だからこそ、大久保さんが使う原材料、たとえば大豆や梅について話すときには、必ずと言っていいほど生産者の名前が登場します。「〇〇さんは、本当によい仕事をするよ」。その言葉には、大久保さんが心から信頼を寄せる証が込められています。そして、彼が信頼を寄せる生産者に共通するのは、基本に忠実であること。あるいは、誰も思いつかないような手法を編み出す創造性を持ちつつも、それを声高に語らず、ただ“没頭”している姿勢です。

先日、大久保さんが蕎麦会を主催されました。蕎麦を打ったのは、「そば打ちの神様」と称される高橋邦弘さん。大分県から多くのお弟子さんを伴い、長野県までいらっしゃっていました。

高橋さんは、東京で「翁達磨」という繁盛店を築いた後、山梨、広島と山間部へと拠点を移し、蕎麦づくりを続けてこられました。自然と調和する場所でこそ、本物が生まれる。そして「打つ人の“心”がそばに現れる」との考えのもと、山や水の清らかな土地で、自らの心と静かに向き合いながら蕎麦を打つことを理想としておられるそうです。

たとえば、心が乱れていれば、水回しもうまくいかない。だからこそ精神を整え、そばと真摯に向き合う。都市を離れ、自然の中へと移ってきたのも、その哲学の実践の一つです。そして、その流儀を学んだ多くのお弟子さんが全国で活躍し、「翁」「達磨」「○○翁」といった屋号の蕎麦店の多くが、高橋さんの流れを受け継いでいます。

そんな高橋さんと大久保さんは、50年来の交流があります。今回の蕎麦会は、これまで何度も開催してきた中で「最後の蕎麦会」。そして高橋さんご自身にとっても、「遠征をする最後の蕎麦会」と宣言された場でもありました。おふたりの姿には、どこか通じるものがある。そんな思いを抱きながら、そばをすすっていました。

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