醤油の知識

001|仕込みを復活させるとは?

 ここに仕込みの復活までを綴るにあたり、まず「仕込みを復活させる」ということがどういうことなのか、書きたいと思います。

 現在、日本の中に1600軒の醤油メーカーがあります。 そのうち一割程度のメーカーでは醤油の醸造を行っています。では、その他9割のメーカーはどうなのか?ほとんどの場合、各県の醤油組合や大手メーカー、中堅メーカーなどから生醤油を購入して、その後の工程である火入れ・充填を行って製品としています。

 つまり、「本当の意味での“醤油造り”」を行っている所は少ないのです。醸造物には、味噌、清酒、焼酎、酢、等ありますが“自社で醸造しているのが珍しい”という状況は醤油業界だけです。

 ではなぜ、醤油業界がそうなったのか?

 それは、昭和38年に制定された「中小企業近代化促進法」の指定業種に醤油製造業が指定されたことによります。この法律は早急に近代化を図る必要のある業種に対して、企業の協業化、設備の近代化を推進すべく、計画の実施に国が資金面で支援するというものです。

 これにより県や地域での協業化が進み、コストと時間のかかる原料処理~圧搾までの工程を各メーカーで行なう必要がなくなり、多くのメーカーが醸造することを廃止していきました。はっきりとした年は分かりませんが、ミツル醤油もこの時期に醸造を辞めました。

 こういうことを書くと、この流れを否定するようですが私は必然の流れだったと思います。

 現にこの促進法が制定された10年後の昭和48年には、醤油の出荷量が過去最高の129.4万klに達し、日本の発展途上の真只中であったことが伺えます。協業化したからこそ、今日1,600軒もの醤油屋さんが営みを続けられているのだと思います。まぁ、このような歴史を踏まえて、再び醸造業として本来の姿に戻っていこうという一歩が、「仕込みを復活させる」ということです。

城 慶典 (ミツル醤油醸造元)

1984年生まれの醤油職人。
高校生の時に自社での醤油醸造の復活を志して東京農業大学 醸造科学科に入学。入学後、「学校に通っているだけでは自分の求めるものは得られない。」ということに気づき、伝統的製法による醤油造りを続けられている醤油蔵を探し、卒業までに7つの醤油蔵で短期間の研修を受け入れて頂く。卒業後、岡本醤油醸造場にて一年間の研修。その後、JFCS(ジャパン・フードコーディネーター・スクール)で一年間学び2009年6月より、実家であるミツル醤油へ入社。2009年11月 夢である醤油造りの復活と、地元・糸島を全国に発信したい。という思いをリンクさせ具現化する、社内別ブランド「itosima terroir」(イトシマ テロワール)をスタート。

ミツル醤油醸造元