醤油の知識

木桶とタンクの違い

木桶とタンク仕込みの醤油、何が違うのか?

「伝統的な木桶はよいもので、大量生産のタンクは悪いもの」という分け方は極端すぎるというか、全く正しくないと感じています。両方によいところがあり、違うのは目指す醤油の方向性です。常に安定した品質を目指すタンクと、その蔵元オリジナルの味わいを目指す木桶とに分けられると感じています。

3つの項目に分けて考えると分かりやすいと思います。まず、生産できる「容量」、醤油づくりの主人公である「微生物」の扱い、そして、その結果としての醤油の「品質」です。

大量に仕込めるのはタンクです

木桶の大きさは地域によって異なります。比較的小さなもので20石(約3,600リットル)、関東でよく目にするもので30石(約5,400リットル)、かなり大型である60石(約1万リットル)。20石~30石が一般的だと思いますので、3000リットル~5000リットルくらいが標準サイズです。

一方、屋外に設置するタンクは数万リットルが普通です。木桶の10倍からそれ以上の大きさもたくさんあり、一度に仕込める容量でいうと圧倒的にタンクの方が大きくなります。昔は木桶が大型の容器でしたが、鉄などの加工技術が発達したことで生まれた大容量といえると思います。

木桶の内側に微生物が住み着く

木桶の最大の特徴は、容器の内部に微生物が住み着けることです。木材の表面を顕微鏡で拡大をすると小さな穴があります。そこに微生物が住み着き、自分たちの仲間を増やし、何年何十年という時間をかけて独特の生態系を作っていきます。

「蔵付き酵母」とか「蔵付きの菌」などと表現されるものです。秋田県の石孫本店さんなどは大学の研究施設に諸味を持ち込んだところ、研究員の方から「この菌は初めて見ましたよ!」と驚かれたといいます。この蔵でしか味わえない風味や味わいをつくる唯一無二の主役というわけです。

タンクは洗浄して微生物を添加します

タンクの場合はプラスチックや鉄製の素材になります。そこに微生物が住み着く場所はなく、仕込みが終われば洗浄をしてきれいにリセットされます。

次の仕込み時には、乳酸菌や酵母菌などの微生物を培養したものを添加し、温度コントロールもできるなど発酵に最適な環境も整えやすいことも特徴です。

いつも同じ環境からスタートでき、一定の管理をすることができる。目指したい醤油の品質を定めて、そこに向けてきちっとあわせた醤油をつくることができます。

安定のタンクと、ブレる木桶

木桶の場合は自然の温度変化に応じて発酵しますし、住み着く微生物も毎年少しづつ変化しています。いつもより早く発酵したり、十分に発酵しなかったりすることもありますし、蔵の中の温かい場所に置かれた桶と涼しい場所に置かれた桶でも味わいは変わってきます。仕込みの年ごとにも微妙に味わいが異なるものです。

また、微生物が住み着くということは、雑菌も住み着くことができることを意味します。管理を疎かにすると、醤油づくりに適さない微生物が住み着いてしまうこともあります。

タンクは平均点。桶は上にも下にも

テストの点数でいうと、タンクは平均点をきちっとタイプ。木桶は平均点の上にも下にも振れ幅が広いタイプという印象です。

今までの醤油の使い手の評価=醤油の味は一定がよい、とされてきました。飲食店や食品加工メーカーの立場になれば、醤油を含めて複数の調味料で味を調えています。その時々で醤油の味わいが異なると全部のバランスが崩れてしまいます。同じ品質の醤油を納めることがよいこととされてきました。

消費者の評価も変わってきている

ところが、飲食店のスタンスも変わってきたように感じています。「木桶による発酵文化サミットin小豆島(2020年1月)」で麺や七彩の阪田博昭さんは、木桶による味の違いが魅力であって、「なんか味が違うよと文句をいうのではなくて、どうやって使うかを楽しんでいけたら」と話をされていました。

醤油の味はいつも同じでなくてはいけない、そんな思い込みがつくり手側にも使い手側にもあったような気がしますが、このような料理人さんたちから概念が変わっていくような気がしています。

阪田さんのトークイベントの様子(YouTube)

両方の醤油が仲良く共存してほしい

今、安定した品質の醤油が低価格で全国に行き渡っています。醤油が高級品とされていた時代からすると、とてつもない進歩です。その背景にタンク仕込みの醤油は欠かせません。

そのような醤油が食品業界のベースになっていることは事実で、その上で各地に点在する小規模の醤油蔵の個性を楽しむ。両方の醤油の個性を素材に応じて使い分ける。それは、食をより楽しむ一つの方法だと思います。